第四章 すばらしい日本の美の倫理

 第4章は終章として、日本の美の倫理のすばらしさについて記述する。

 最初に真善美は同じもので根底は美であること、美は生命を揺り動かす根本の価値であることを述べる。

 最後に本書の結論として、日本の美の倫理のすばらしさを幾つかの視点から述べ、これが世界的な倫理となりうることを述べる。

価値の根本としての美

真・善・美は同じもので根本は美

 数学者藤原正彦は次のように言う。「この世のあらゆる事象において、政治、経済から自然科学、人文科学、社会科学まで、真髄とはすべて美しいものだと私は思っています。なぜだがよくわかりませんが、私の経験では常にそうなのです」、「奇異に聞こえるかもしれませんが、少なくとも自然科学では美が絶対です。数学者が数学を創るとき、実用に役立てようという考えはまず頭にまったくありません。美しい理論にしよう、美しい定理にしようと常に心がけます。証明の道筋について常に美しいものが真理への道筋なのです」(文献95、p.28)

 また、20世紀の巨星ともいってよい数学者ヘルマン・ワイル博士は、数学、物理学に大きな足跡を残しただけでなく、ハイディッガーと何度も議論するなど哲学の専門家でもあったが、この人は「真、善、美は同じものの三つの側面に過ぎない」といつも語っていたという。

 藤原正彦はこれについて、「真イコール美であることは数学者としてピンときたが、善というのが私には不可解だった。かなり時がたってから、日本人が善悪を宗教や論理ではなく、汚いことはするな、などと美醜によって判断してきたことに気付いたとき、ヘルマン・ワイルの言ったことに納得した」、「真、善、美は同じ一つのものというのは万物の本質をついた恐るべき指摘なのです」と言っている(文献95、p.31)。

 古来価値あるもの定番とされる真(真理であること)、善(よいこと)、美(美しいこと)。それは同じものの三側面だという。私は、その三つのうち、さらに何が根本かと尋ねればそれは美だと思う。こうした見解の哲学的証明はできないが、真や善の判断の根底に美が横たわっていることなど、美の方がより根源的な気がする。

 真や善の判断がより理性的であるのに対し、美的判断は、より感覚的である。そして一般に理性的判断よりも感覚的判断の方がより根源的である、と言ってよいと思う。感覚的判断だから普遍性がないということはない。美的判断は人 間の共通するセンス(感覚)による普遍妥当性をもつとカントは言っている。


美は大きい犠牲

 美について哲学者今道友信は次のように述べている。

 「美」はその漢字の成り立ちから、羊が大きいことである。また、「義」は人が羊を担いでいる意である。羊は犠牲を象徴する。したがって、「義」は犠牲を双肩に担っていることである。その犠牲の羊の大きいのが「美」である。

 また、「善」の字にも羊が含まれている。善で羊の下にある部分は高坏を意味する「豆」からきたに相違なく、善とは羊が一定の献台に収まっている意、すなわち犠牲の大きさが一定の規格にはまっているのが善である。そして犠牲が規格を越えて大きいのが美である。

 このように見てくると、美は善や義よりも大きい犠牲を払うことで、美の精神的価値は善や義よりも高いものと言わざるをえない。すなわち、美は宗教でいう聖であり、聖と等しい高さの理念である。美は倫理道徳的な善や義よりも上位にあって、人間における最高の価値と言わなければならない。


美は生命を揺り動かす

 占部賢志は著書『美しい日本人の物語』の冒頭に次のような体験を紹介している(アンダーラインは筆者による)。

 

 ある日のことでした。日本史の授業を終えて教室を出ると、後ろから女子生徒が追っかけてきて、だしぬけに「先生、これを読んでいただけませんか」というのです。

 目の前に差し出されたのは、彼女が手ずから作成した小冊子で、表紙には「島根、山口の旅~史跡を訪ねて~」と大書されているではありませんか。「へぇー、山陰旅行に行ってきたのかい」と聞くと、明治維新の授業で印象に焼きついた吉田松陰の史跡をぜひ見たかったのだと、殊勝なこたえが返ってきました。

 バスケットボール部の中核選手である生徒は自分の感動を確かめたくて、両親のみならず祖父母と妹も口説き、連休を利用して家族三世代で松陰が生きた地を訪ね、ついでに津和野まで足を延ばして森鴎外の史跡も訪問したというのです。

 手渡された小冊子には史跡ごとのコメントとともに地図や写真が多数貼付されていて、さながら史跡探訪レポートといった体裁でした。

 長年教師をしていますと、こうした生徒の反応にしばしば出くわすことがあります。そのたび思うのです。今の若い世代にも、あの人のように生きてみたいという願う青年本来の欲求は息づいているのだ、と(中略)。

では、いったい彼らはどんなところに魅せられるのか。それは、先人が示した生き方や心遣いが、一言で言えば「美しい」という点にほかなりません。これは教師としての筆者の確信です。

 そもそも「美しさ」というものは、咲き乱れる花々や天にかかる七色の虹、彩り豊かな山川草木だけはありません。人間の心ばえや振舞の一つ一つにも「美しさ」はあります。しかもこれらの「美しさ」は、私たちの心に感動をもたらし、よこしまな欲望さえも浄化させる、そうした大変強い力をもっているのです(以下省略)。


 美しい心ばえ、美しい行為、美しい生き方は人の精神を揺さぶる。深い感動を与え、魂を揺り動かす。美の認識は人の生命活動に直結している。美がしばしば人間の倫理・道徳の根本感情となる理由がここにある。

 美は生命を揺さぶる。トマス・アクィナスが、美は見て快いものであり、美的快感は愛と互いに不可分のものであると言ったが、これは人の美の認識が生命活動に直結していることを示唆している。人間の生命を揺り動かす価値としては、愛が代表的なものであろうが、美は愛と同様、人の生命に直結しこれを揺り動かす。

 神道は産霊(むすひ)、すなわち生命の生成と成長を最高の善とする。そして人はそこに美を見出す。その代表が清浄の美である。生命の生成と成長は清浄なるところにおいて活発に行われる。神道はそれを善とし、人はそこに美を見出すのである。

 人は生命を揺り動かし、生命を燃え立たせるものに美を見出す存在であること、あるいは、生命活動そのものが美的活動であるということかもしれない。釈尊は晩年「人生はかくも甘美で美しい」と述懐した。釈尊は生命そのものが美であるという認識に到達していたと思われる。

 こうした悟りは、一切の存在そのものが美であるとの認識にまで到達する。人は死を自覚して、この世がたとえようもない美しさに満ちていることを認識するという。人もこの世も自然もすべて美しい。それが実相である。自己の生命活動が消えようとするとき、人間は実相を悟る。宗教は平素より人をこうした認識に人を導く。この世が光明荘厳の世界であることと、美の奥に神の実在を実感させる。

 美の価値は人の生命に直結しているゆえ至高であるが、美はさらに生命をも超える面がある。生命を超えるというより、美は生死を超えることがある。人は仮に死んでも美を選ぶということがある。歴史はそのような多くの事例に満ちている。そのゆえ、美の価値は究極のところ神に属するということと、生命は生死を超えて永遠に存在するとの思想が生まれている。

すばらしい日本の美の倫理

1.普遍的な美の倫理が日本において成熟し、生きた倫理として存在している

 第1章で、日本人がものの善悪を美意識で判断することが、世界的にユニークであると述べた。しかし、実はこれは必ずしも正しくない。哲学史をひも解くと、善悪と美醜は概ね一致するという考えがむしろ一般的であるとわかる。

 古代ギリシアのプラトンは、「善のイデア(=善そのもの)」は美の極致として顕現すると言う。すなわち、美の極致は善そのものである。ソクラテスの弟子プラトンは、西洋哲学の原点に位置するといわれる。プラトンは自己の哲学を一口に示すと「美の教え」であると言っている(文献93、p.214)。

 ギリシア語には美(カロスkalos)と善(アガトンagathon)が一つになったものとしてカロカガティア(kalokagathia善美)という言葉がある。カロカガティアはギリシアの理想的人間像であった。

 西洋中世を代表する思想家トマス・アクィナスは、善と美が「意味」において異なるものの、「基体存在」としては同じであると述べている。そして美の本質は真や善と同様に超越的属性であるとする。

 近代において、美的判断について深く考察したカントは、美を「善の象徴」であるとした。カントは人間の美的判断に普遍妥当性があるかどうか深く考察し、それは「主観的普遍性のある」判断であるとした。美的判断は主観的であると同時に普遍的である。美的判断は、ア・プリオリ(経験に先立つ、生得的)であるが、人間には生得的な共通の感覚(共同的感覚、センス)があり、これが美を判断する。ゆえに普遍的である。

 また、人が美しいと感じるものに「崇高(気高さ)」があるが、カントは崇高を美的範疇に入るものとして深く考察した。カントにとって美と崇高は、いわば性格を異にする双子の兄弟のようなもので、美が昂じればおのずと崇高になるという。

 こうしてみると、善悪を美で判断することは決して日本に特殊な現象ではなく、むしろ人類の普遍的な感覚であるとみる方が正しいように思う。そして古い時代ほど善と美は一体と捉えられていたように思われる。

 日本には古代の精神がそのまま存続し、成熟して現在に至ったものがたくさんあり、それが日本の魅力であるが、「美の倫理」がその一つである。日本は古来人間のもつ普遍的な美意識をそのまま成熟させて倫理を形成し、現在なおその美の倫理を生きた規範として持ち続けて先進国となった稀有な国である。

 西洋の場合、倫理の基礎を提供したものは宗教(キリスト教)であろう。キリスト教は古代世界で格別に優れた精神文化であったため、古代ローマの精神世界を支配し、ゲルマン世界もキリスト教一色となった。そして中世を経て現代に至っているが、倫理としてキリスト教が非常に立派な基礎を提供してくれたので、日本のように美意識が倫理の基礎となることは特になく、現在に至ったとみてよいのではなかろうか。

 倫理・道徳の根拠は宗教にあるとの信念は、西洋において絶対的に揺らがない。それは今から130年ほど前に『武士道』の著者新渡戸稲造が経験したことである。新渡戸は著書『武士道』の序文に記す。

――――約十数年前、著名なベルギーの法学者、故ラブレー氏の家で歓待をうけて数日すごしたことがある。ある日の  散策中、私たちの会話が宗教の話題に及んだ。「あなたがたの学校では宗教教育というものがない、とおっしゃるのですか」とこの高名な学者がたずねられた。私が「ありません」という返事をすると、氏は驚きのあまり突然歩みをとめられた。そして容易に忘れがたい声で、「宗教がないとは。いったいあなたがたはどのようにして子孫に道徳教育を授けるのですか」と繰り返された。

 そのとき、私はその質問にがく然とした。そして即答できなかった。なぜなら私が幼いころ学んだ人の倫たる教訓は、学校でうけたものではなかったからだ。そして私に善悪の観念をつくりださせたさまざまな要素を分析してみると、そのような観念を吹きこんだものは武士道であったことにようやく思いあたった。―――――

 「日本人の倫理・道徳の観念を形成したものは武士道である」と新渡戸は思い当たり、名著『武士道』の誕生となるが、私はさらに、「美意識が日本人の倫理・道徳となっています。美しい生き方、美しい行動を取ろうとする日本人の美意識が、結果として倫理・道徳の規範となっているのです。日本の伝統的な宗教である神道も美意識に満ちていますし、武士道も武士の美学そのものです」と、付け加えたいところである。

 日本人は善悪を美醜で判断する。これは日本人にとっては、言われてみれば確かにそうだと当たり前のことなので、このことについて無自覚であるが、外国人にとっては大変な発見となるのである。繰り返すが、日本に帰化し、日本人以上に日本をよく知る韓国出身の呉善花は、「日本人の善悪の基準は、道徳律ではなく美意識にある。---」と述べているし、台湾出身で日本、中国、韓国をよく知り、日本に帰化した黄文雄は、「私が日本で見出した人生最大の発見は“徳(善)”ではなく、“美”だ。それは私の物事の見方と考え方に対する思想遍歴においても最も大きな転換のきっかっけともなった。それは実に無上の興奮であり、感激であった」と述べている。

 人類普遍の、善悪を美醜で判断する「美の倫理」が古代より継続し、現在なお生きた実践的倫理として機能している。これが先進国日本のすばらしいところである。


2.実践的な生きた「美の倫理」が日本をすばらしい国にしている

 私はこの年になって(71歳)、日本が非常に立派な国であることがよくわかるようになった。人は正直で社会は信頼を基礎として成り立っている。窃盗、詐欺、殺人といった犯罪は少ない。毎日のようにこういった犯罪がニュースで報じられているが、実は日本は世界で犯罪発生の最も少ない国といってよいのである。

 犯罪発生は一つの指標にすぎない。日本社会は学習することを好み、国民の知的水準は高い。人の平等意識は古くから確立している。最近は陰りが出ているが、国民の大半が中流意識をもつという夢のようなことも実現した。現代日本は過去の日本人の成し遂げた成果であり、日本が住みやすくよい国であるのは、我々の先祖、先輩が偉かったからだと思う。

 福沢諭吉は文明とは人間の「智と徳」の進歩であると言った。日本では特に徳における文明水準は昔から非常に高かった。日本の歴史のある時期に訪日し、日本で暮らした外国人の日本人評を読むとそれがわかる。


 戦国時代に来日したフランシスコ・ザビエルが、日本人は名誉心が強く、道理に従い、貧しさを恥としない、といった称賛を本国に書き送ったことは前述した。ザビエルの同志コスメ・デ・トレースは、1551年山口からインドの仲間の修道士に次のような書信を送っている。「日本人は世界の中の何国人よりわが聖教の植付に適したるものなり。彼らは甚だ思慮深く、イスパニア人と同じく、或いはそれ以上の道理をもって己を律す。彼らは予が知れる諸国の人よりも多く知識を求め、いかにして霊魂を救ひ、また彼らを造りたる者に仕ふべきかにつき語ることを喜ぶこと、新発見の各地に彼らに及ぶものなし。(中略)彼らの長所を悉く記さんと欲せば、インクおよび紙欠乏すべし」。

 ザビエルやゴメスは日本人に感動し、こういう国が西洋から遠く離れてインド・東南アジアを超えて存在することに心底から驚いたようである。

 1563年イエズス会の宣教師として来日、35年間日本で働き、日本に骨を埋めたポルトガル人ルイス・フロイスは『日本史』を著したが、これに次のような記述がある。「われわれの間では女性が文字を書くことはあまり普及していない。日本の高貴な女性はそれを知らなければ価値が下がると考えている」、「われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多に行われない。ただ(言葉で)叱責するのみである」、「われわれの子供はその立ち居振る舞いに落ち着きがなく優雅を重んじない。日本の子供はその点非常に完全で称賛に値する」。

 日本はすでに平安時代、女性によって『源氏物語』のような大文学が生まれており、早くから能筆は上流女性のたしなみとなっていた。ヨーロッパはフロイスの生きた時代にはまだそのレベルに達していない。またこの時代、名誉を大切にする武士の家では、子供は自制しつつ名誉を保つ心がはぐくまれ、打って懲罰する必要がなかったのである。子女教育の文明度は日本に一日の長があったと思う。子供を鞭で打つなど、非常な野蛮性を感じるのだが、これは私が牧畜の民でないからだろうか。

 オランダの東インド会社に入って鎖国時代の1775年来日し、一年数か月滞在したスウェーデン人C・P・ツンベルグは、旅行記に次のように記している。「この国民(日本人)の精神は体に劣らない特徴を持っている。そしてどの国民も同じであるが、善い性質もあり、悪い性質もある。然し全体から云えば善い性質の方が勝っている。気が利いていると共に賢明である。従順であるが、同時に正義を愛しまたある程度までは自由を主張する。活動的で、質素で、経済的で、誠実で且つ勇気に富んでいる」、「清潔ということはこの国民の特質である。この特質は衣類の上にも、住宅のうちにも、食卓の上にも輝いている。----日本人は殆ど毎日自宅に温浴を沸かしてこれに入る」。

 ツンベルグは総じて日本人を称賛しているが、こういった記録を読むと、江戸時代の日本人の良さと現代日本人の良さは、あまり変わらないことがわかる。江戸時代、我々の先祖はまさにこのような人たちだったのだろうと思う。

 鎖国が終わり1859年から、初代駐日米国総領事として3年ほど日本に滞在したタウゼント・ハリスは第1章で引用したが、かれはさらに「日本には富者も貧者もいない。正直と質素の黄金時代を他のどの国よりも多くここに見出す」と述べている。また、1873年(明治6年)来日して38年日本で暮らし、屈指の日本研究者となった英国人バジル・チェンバレンは、「この国のあらゆる社会階級は比較的平等である。金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。----ほんものの平等精神、われわれはみな同じだと心底信じる心が社会の隅々まで浸透しているのである」と言っている。


 2011年3月11日発生した東日本大震災は、東北地方に大惨禍をもたらした。被災地の状況を報じる世界のメディアは、暴動や略奪が起きていないこと、人々は冷静さを保ち助け合っていることなど、被災地の人々の行動を報じ、これを称賛した。千年に一度といわれる大津波を受けた日本に対する同情もあったであろうが、大災害を受けても忍耐強く人としてのあり方を失わない日本人の行動に驚嘆し、絶賛している。

 日本人にしてみれば、被災地に略奪や暴動が起きないのは普通のことである。しかし、世界は先進国、途上国を問わず、必ずしもそうではない。米国CNNテレビでは、ハリケーン・カトリーナ災害を例に、「災害につきものの略奪と無法状態が日本で見られないのはなぜか」などといった意見を募集したりしている。

 被災地に暴動や略奪は起きないのが当たり前という一例が、日本社会の文明水準を表している。日本は昔より「火事場泥棒ほど恥ずかしいことはない」といった倫理が定着している。庶民が特にモラルだと力むことなく、普通に高いモラルのもとに生活しているのが 日本である。台湾のメディアは、「欧米特権階級の中にはノブレス・オブリージュという考え方があるが、この日本というモラルの高い国には、特権など享受しておらずとも、人としてどう行動すべきかというプリンシプル(生き方の美学)をもつ人間が大勢いる」と報じている。

 日本人は古来美意識で事実上の倫理を形成し、道徳をことさら言挙げせずに生きてきた。日本社会が高い徳の文明水準を維持してきたことは、この美の倫理が道徳の規範としても有効であることを物語る。日本人は美の倫理を言挙げしないが、それは空気のように昔からあり、ことさら言挙げする必要のないほど、生活そのもので、実践的な倫理だったからである。

 私は道徳・倫理を精緻に言語化や体系化しても、実践力は高まらないと思っている。逆に実践力を減じる可能性もある。日本人は言い訳を嫌うが、言い訳(という言語化)によって倫理としての根源的な正しさを失うことを警戒したのである。

 古代より現在にいたるまで美の倫理の存在が、日本の徳の文明水準を高く保っている。


3.日本は武士道という厳しい美の倫理を完成させた歴史をもつ

 日本は長い歴史の一時期、独特の美の規範を完成した経験をもつ。武士道である。12世紀半ばから19世紀末まで、日本は武士の支配する世界であった。支配階級としての武士が、実践的な規範として成立させたのが武士道である。それは武士の美意識が凝縮したものとなった。

 平安朝の末期から日本社会は男性原理の支配する世となった。武力をもち、実力ある武士階級が貴族に代わって世を統治した。平安朝の末期、全国的に治安は乱れ、京には盗賊が横行した。京の盗賊は検非違使庁(今でいう警視庁)にとらえられても、当時仏教の慈悲思想から死刑が廃止されていたため、一定の体罰を受けるだけで放免された。結果、盗賊は増長した。鎌倉幕府が成立するころ、京の治安をあずかった北条時政は、京の盗賊どもをとらえて片っ端から打首に処した。京の盗賊は震えあがり、市民は喝采したという歴史が伝わっている(文献99、p.248)。市民は武士による統治を歓迎したのである。

 17世紀初め、徳川家康によって武士が全国的に争う戦国の世に終止符が打たれた。しかし、幕藩体制下にある平和な江戸時代も、武が統治の根本原理であることは変わらなかった。武士の支配する男性原理の社会であった。

 武士がつくりあげた規範が武士道である。武士は戦いを職業とするゆえ、武士道は必然的に生死を超える厳しい規範となった。また支配者としてのノーブレス・オブリージュを豊富に含むものとなった。そしてこの厳しい規範は、武士の美意識の結晶であった。戦いをこととし、武を統治の根本に置き、上に立つ人間の在り方を模索してつくりあげた武士道の根底も、伝統的な美意識に支配されていた。

 日本人が武の支配する男性原理の時代に、武士道をつくりあげた歴史をもつことは、貴重だと思う。武士道によって日本の美の倫理が繊細、やさしさ、和を基調とするだけでなく、義、勇、名誉といった厳しい男性的な美意識を豊富に含むものとなった。

 武士道のような美学をもった日本人の美の倫理は強い。それは、容易に失われない日本の伝統となっている。多くの日本人はこれを意識しておらず、逆に意識しないほど日常的で、生きた倫理として存在しているということなのだが、ひとたび美の倫理の存在に気付くと、日本の歴史と文化に対する誇りと自信が生まれる。

 武士道のような美の倫理の歴史をもつ日本は、倫理に関し強い伝統の力をもつと思う。


4.近代を超克する世界的倫理となりうる特筆すべき日本の美の倫理

 以下の美の倫理は近代を超克する世界的な倫理となりうる。


(イ)論理よりも美で判断すること

 日本人は善悪の判断にあまり論理をもちこまない。美醜で直感的に判断する。これは論理的に考える能力が欠如しているからではなく、美醜による方がより根本的で、よい判断ができると思っているからである。道徳的に正しいことを証明しようとする精緻な論理的主張にも美しさが感じられない場合、日本人はこれに信をおかない。特に自己正当化の論理を警戒する。人間はいかなる行為にも自己正当化の理屈を付けることのできる生き物だ、と日本人は考える。日本社会では、それは理屈に過ぎないといってしばしば否定される。

 世界的には必ずしもそうではない。論理重視の世界である。ヨーロッパ、米国、中国、韓国などすべてそうである。論理の社会となっているため、論理的な主張は子供のころから鍛えられる。こうした国の人びとの論理化した自己主張は、日本人よりずっと卓越していると言っていいだろう。

長い人類の歴史のなかで、現代は論理に傾斜した社会だと言えるだろう。ヨーロッパで中世を脱皮して近代が切り開かれるとき、その主導原理は「理性」であった。人間の理性が正しいことを判断できる。伝統的な宗教でもなく、慣習でもなく、権威でもない。新しい社会は人間の理性によって主導できると信じられた。理性的思考は科学に信をおき、論理に信をおく。こうして切り開かれた近代の延長にあるのが現代社会である。

 現代社会が行きづまっていて、これを超克しなければならないとしたら、それは論理に傾斜した社会の反省だと思う。そしてそれは、日本のような倫理道徳における美的判断の重視によって得られるだろう。科学的真理においても、藤原正彦は美が絶対だという。真理を保証するものは直感的にそれが美しいかどうかである。善悪についても、それが正しいかどうかを日本人は美しさで判断してきた。そしてそれが間違いない判断となることをよく知っていた。

 善悪を美で判断するのは、より根源的、より感覚的である。こうした感覚的な判断は、一般的に理性的な近代社会にあっては軽視される。理性を重んじ過ぎるゆえ、感性を軽視することになる。合理性や論理性といった、人間精神の一部でしかない理性の肥大化した近代は、もっと自然な、感性を重視する、豊かな人間性への回帰によって超克されるといった考えは十分存在する。

 日本は立派な近代国家であるが、古代より善悪を論理性よりも美醜で判断する慣習が続いている。これが近代国家日本の魅力である。世界がこうした日本の精神文化の影響を受け、日本化する可能性がある。


(ロ)和と寛容の倫理

 現代社会は西欧文明が広まって成立している世界だといってよいだろう。西欧文明は世界に先駆けて近代化した。科学革命を経て近代科学をもち、市民革命を経て圧倒的な力をもつに至った西欧近代文明が世界を席巻し、現代文明が成立している。

 この西欧文明の根底にあるのがキリスト教である。キリスト教は立派な宗教であるが、一神教の不寛容さを伴っている。一神教は唯一の超越した神が真理を独占し、他神を認めない。これが科学的真理ならばそれでよいが、真理の独占は人の倫理や道徳の領域にまで及ぶ。

 世界で有力な一神教はキリスト教、ユダヤ教、そしてイスラム教である。その元はユダヤ教であるが、この三宗教の信者はどうしても共存できないようにみえる。それは信じる人間に問題があるのではなく、一神教という宗教に問題があるからではないかと私は思う。

 現在、地球が狭くなり、民族の平和的共存が強く求められる世界になっている。今世界に強く求められるのは、日本の和と寛容の精神ではなかろうか。日本人は美意識を根底にもつ和の倫理を成熟させてきた。和は必然的に寛容さを伴っている。

 日本の和の倫理は半端ではない。古代より人びとは和が自分たちの社会の特色であるとの自覚があった。人びとは「やまと」に大和という漢字をあてた。7世紀、聖徳太子は日本の国かたち(憲法)を定めたとき、第一条に「和」を置いた。日本の歴史の中で和をよしとする精神は、決して失われることなく現在に至っている。

 世界史をみると、日本の歴史は他国に比べて寛容であることがわかる。特に敗者に対して寛容である。日本では19世紀末、国家のレジーム(統治形態)の変革があった。明治維新である。このとき新政府は旧体制の長(将軍)であった徳川慶喜を死刑にせず、貴族として遇している。廃藩置県を断行するなど、明治維新は革命といえる徹底的な体制変革だった。しかし、そのわりには流血が少なかった。日本人の和と寛容の精神の成熟度が明治維新によく出たと思う。

 日本人はまた、主義主張に対して寛容である。特に善悪の見方が相対的である。そこに絶対善とか絶対悪とかを持ちこまない。どのような極悪人も同じ人間だと考える。人はすべて死ねば仏になる。死者に鞭うつことはしない。一神教の世界では、神は絶対善であるため、対立する絶対悪(悪魔)が存在する。魔女が実在し、これは殺さなければならないとする魔女狩りが発生したりする。

 日本人が善悪を相対化するのは、善悪よりも美の方が根本であると考えるからである。美しさ、純粋さ、真心、まこと、といった精神の方により高い価値がある。本居宣長は、人間に対して勧善懲悪やものの善悪を理で説くことの不当性を指摘している。こうした道徳論はどうしても不寛容となる。道徳を言挙げしない美の倫理の方が寛容さを生む。

 日本人の善悪の主張に対する寛容さは、やはり神道に求められるだろう。神道は自然道である。ありのままの自然をよしとし、すべて肯定する。自然がそうであるように、社会に起きることもすべてを肯定的にとらえる。一つの善を絶対化して他を否定するようなことはしない。そして神道は善悪の言挙げをせず、ただ神は清らかさ(美しさ)を好むというメッセージを伝える。こうした神道が、ことさら道徳を言挙げしなくても日本人のモラルを水準以上に保っている。

 神道は寛容であり、大きな習合力を持つ。6世紀、欽明天皇の御世、仏教が伝来したとき、これを受容すべきか否か、豪族間の対立と抗争があった。しかし日本は仏教を受け入れ、聖徳太子の頃(7世紀)には皇室にも仏教が普及していた。太子は仏教に深く帰依したが、神道を廃することはなかった。太子は仏教と神道を習合させたのである。これは太子の独創ではなく、神道が本質的に大きな習合力をもっていたからだと思う。

 その後の仏教の歴史をみると、それは仏教の日本化である。いわゆる神仏習合で名高いが、私は仏教の神道化といった見方が正しいと思う。平安初期の最澄、空海、鎌倉新仏教を代表する親鸞、道元などに日本の伝統的な神道の影響がみられる。逆に仏教が神道的な色彩をもつようになって、異国の宗教だったものが日本人に真に受容されるものになったといえる。

 神道を核とする日本精神は、世界的に評価して、和と寛容の精神が顕著である。世界にはさまざまな民族が存在し、民族は抗争して世界史をつくってきた。今、世界は狭くなり、民族は共存していく時代となっている。そのような世界が必要としているのは、日本で成熟した和と寛容の倫理であり、その背景にある神道的精神だと思う。


(ハ)清浄の倫理

 清浄の倫理は日本の美の倫理を代表する。世界的にみても清浄の精神は日本において突出している。清浄は神道の根底にある精神である。神は清浄を好み、清浄なところにまします。神道の倫理のほとんどが清浄の倫理から派生しているといって言い過ぎでない。心が清らかなこと、明(あか)きこと、正直なこと、まこと、簡素(質素)、および言挙げしないといった倫理にまで、清浄の美意識が横たわっていることは第2章に述べた。

 清浄の倫理は奥が深い。これは神道だけにとどまらない。仏教の倫理でもある。有名な仏話が伝わる。釈尊の生きていた昔、釈尊の教団に周利槃特(シュリハンドク)という弟子がいた。自分の名前も時々忘れるほど愚かで、釈尊の教えを全く理解できない。そのような周利槃特に、釈尊はただ掃除することを教えた。一年、二年、五年、十年、二十年、周利槃特はただひたすら掃除を続けた。結果、彼は他の弟子よりもずっと高い阿羅漢という位の境地に達したという話である。

 仏教の基本に掃除があるといってよいくらいである。僧侶の修行は、一に作務(さむ)、二に勤行(ごんぎょう)、三に学門(がくもん)という。作務とは掃除、草取り、薪わりなど、体を動かして働くことであるが、その代表は掃除である。お経を読むこと(勤行)や勉強すること(学門)よりも、第一に掃除することがあげられている。曹洞宗の本山永平寺での修行生活は、一日の大半が掃除等の作務にあてられる。そして仏教では、掃除することによって、心の塵や垢を取り除くことができると教える。掃除によって煩悩(=心の塵、垢)を取り除き、解脱することができる。

 日本は神道と仏教が習合しているが、清浄の精神において両者は一つといってよいくらいである。清浄の倫理こそ、日本を日本たらしめている倫理だと思う。この倫理の実践者の中にすばらしい人がいる。私はイエローハットの創業者・鍵山秀三郎氏を『ひとつ拾えば、ひとつきれいになる』、『凡事徹底』といった書物でしか知らないが、日本にこんな偉い人がいたのかと感激する。

 鍵山さんは掃除(という凡事)を徹底してやってきた人である。イエローハットを創業して以来、出社すると毎日トイレを含む社内の掃除、会社周辺の掃除をたゆまずし続けた。「掃除しかできない社長、もっと売り上げを上げて儲けるのが大切」などと批判していた社員も、次第に掃除の意義がわかり、協力するようになった。鍵山氏は言う。「掃除は、特別な能力を持ち合わせていなかった自分にできる、(会社をよくする)唯一の方法だった」と。そして掃除はイエローハットに定着し、同社はすばらしい会社となった。

 鍵山さんの始めた掃除には多くの人が共鳴し、近年は掃除運動が全国に広がっている。鍵山さんは現在「日本を美しくする会」の相談役である。日本に鍵山さんのような経営者が出たこと、そして多くの人が彼の掃除道に共感すること、これが日本の清浄の倫理の伝統の深さだと思う。日本で発展した掃除道は世界の倫理となりうる。

 最後に鍵山さんが挙げている、釈尊の説く掃除の五つの功徳を紹介する。一、自分の心が清められる。二、他人の心まで清めることができる。三、周囲の環境が活き活きしてくる。四、周囲の人も物事も整ってくる。五、死後必ず天上に生を受ける。鍵山さんは言う、五番目に関しては、自分も経験していないので、何ともいえないが、四番目までは釈尊の言われるとおりだと断言できると。


5.シニアな世代は美の倫理を若い世代に伝え、世界に発信していきたい

 以下終節となるが、読者は本書が日本を肯定する姿勢に貫かれていることを感じたと思う。日本の肯定、これが私の基本姿勢である。すべて存在するものの価値は、それを肯定する姿勢によって認識でき、否定する姿勢からは、そのものの真の価値の認識が得られないと信じる。子供をもつ親になるとよくわかるが、子供は根本的に肯定しなければ育たない。根本を認め、その上で足りないところをわずかに諭す。叱ることが子供の心の否定になっては絶対にだめである。

 これは、すべてに通じると思う。存在するものはまず肯定的にとらえる必要がある。英語で「理解する」意の「understand」は、もともと「下に立つ」という意味である。これは、下に立って聴くような姿勢でなければ、人間はものごとや人の言うことなどを理解できないことを示している。ものを認識するにはまず肯定的な姿勢で見る(聴く)ことが大事であることと通じるものがある。

 日本をよく理解するにも、まず日本を肯定しなければならない。そんなこと日本人なら当たり前ではないか、と言いたいところであるが、現代日本は必ずしもそうでない。日本を否定する人、したい人が大勢いて一定の影響力を行使している。「日本という言葉を聞くと嫌悪感を覚える」というほど反日的な心情をもった人もいる。一文化人のこういった発言を耳にすると、敗戦後アメリカ占領軍が行った「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(日本人に戦争の罪の意識を植え付ける計画)がここまで成功したのかと思う。

 戦後の歴史教育は日本の否定に特色がある。日本の歴史と国家を否定的に教える。こうした歴史教育が、日本を知らない日本人を多数生んできた。日本を知らないゆえ、日本人としての自信と誇りが持てない。日本人であることを恥じる人さえいる。現代の奇観というべきである。

 シニアになって私は日本の良さがよくわかるようになった。我々の親、祖先、先輩がつくりあげた日本はすばらしい精神の宝庫である。その一つが「美の倫理」である。自分が知った伝統的な美の倫理を子供、孫、若い人に伝えていきたい。それはシニアになった自分の義務だと感じている。

 国内をみると、若くても私などより日本の良さをずっと深く理解している人が大勢いる。白駒妃登美さんは、歴史講座や著書を通じて、日本の歴史や文化のすばらしさを国内外に発信している。『感動する!日本史』という著書では、日本の歴史人物の生き方や考え方を研究し、彼らが自分たちと同じ等身大の人間として生きてきたことを実感することによって、大きな力をもらえると言っている。読者を感動させるこういった歴史記述が、子供に教える「正しい日本史」だと確信する。

 白駒さんのような人を生むのが、日本の伝統文化の厚みである。日本の歴史は人類の精神文化の宝庫である。我々はそれをよく見出し、再確認していきたい。自分たちの歴史と文化に立ち戻り、深く認識することによって、他に依存することのない、日本人としての本当の自信が生まれる。若い世代は日本の伝統文化をさらに発展させ、成熟させていく。

 今の日本に最も必要なことは、外国に学ぶこと以上に、日本の歴史、文化、伝統から価値あるものを見出し、認識し、自覚し、発信することである。答えを外国に求めるのではなく、日本の歴史、文化、伝統に求める。日本の文化と伝統そのものである美の倫理は、世界的な倫理となりうる。この倫理の広がりが日本を憧れの国としていくだろう(完)。